子供の英語教育の方向性

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英語での取り組みを始めるにあたって☆2☆

よく知られたたとえ話ではありますが、英語のインプット(英語を聞かせてあげること)を、マグカップに入れる水にたとえた話があります。


陶器やプラスチックの大きめなマグカップがあります。(想像してみてください)透明ではないため、上からのぞきこまないと、中に何がどの位入っているかはわからないものです。その、何も入っていない状態のマグカップに、水道から少しずつ水をいれます。出るか出ないか位の量でほんの少しずつ入れるのです。

最初のうちは、どの程度入っているか、覗き込まなくてもある程度予測はできます。ですがだんだん、どの位入っているのか、検討がつかなくなって来るはずです。それでもここで覗き込んでしまってはいけません。じっと我慢して待ってみます。

するとそのうち必ず水はカップからあふれて流れ出てくるはずです。そうなってみて初めて、水は順調にたまっていっていたことがわかります。

                             
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この話の趣旨は、英語のインプット(英語を聞かせてあげること)を続ければ、かならずアウトプット(英語を話すこと)もある、ということです。そしてそれには時間差があり、インプットしたらすぐにアウトプットがあるわけではない、ということです。

このたとえ話において、英語のインプットと、マグカップにためるための水との、大きな違いは[期待]です。


水は「たまってくれ〜」と念じながらためるほどのものではないですし、万が一、実は底に穴が開いてて、そこからどんどん流れ出てしまってて、たまっていなかったとしても、それほど大きな問題ではありません。また、たまっているかどうかを確認するのも簡単です。ただちょっと身を乗り出して覗き込めばいいだけのことです。

ですが英語のインプットの場合は違います。もちろんそれぞれその思い入れはさまざまでしょう。とは言っても子育てや家事や、何かと忙しい中、時間を取って英語の取り組みを続けるわけです。

たとえ好きで始めたことであっても、そして「無理せずできることから」と気負わず、自分なりの計画で始めたとしても、ふと、「これでいいのかな」と妙に(ネガティブな意味で)冷静になってしまったり、立ち止まったりすることが、きっとあるはずです。


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子供の英語は、インプットによってどんな影響があるのか、順調に蓄積されているのか、身を乗り出したくらいで見えてはきません。確認したいと思った時に確認できるようなものではないのです。しかもどんなに苦にならない方法で続けていたとしても、少なくとも蛇口をひねるほど単純で、簡単なものではありません。

ある程度の労力、コスト、続けるだけの根性(三日坊主のサリーにとっては、この、続けるという行為こそ、大変なことです)、そして成果が見えなくてもあきらめたり、がっかりしたりしないで続ける根気があってこそです。

しかしながら、英語のインプットとマグカップの水と、何の共通点もなければ、たとえ話としての意味がありません☆

この話の一番の意図は「信じて待つ」ということです。


水であれば、「まだあふれてこないぞ、おかしいな」と思っても、目の前で順調に、ちょろちょろと水が入っているのが見えているんですから、まさか、「たまっていないかも」とは思わないものです。たとえなかなかあふれ出てこなかったとしても、「カップに穴が開いてるのかな」とはあまり思わないものです。たいていの場合、「そのうち出てくるだろう」と思うはずです。

実際ほぼ必ず、水はあふれます。(穴があいてない限り)
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英語の場合はどうでしょうか。日々の取り組みの有無は、それを実践している本人達が一番よくわかっているはずです。毎日のように少しずつでも取り組んであげているのであれば、それは少しずつお水をためているのとまさに同じことです。目の前でちょろちょろと水が注がれているのを見ているのと同じです。ということはそのうち、ちゃんとあふれて出てくるということです。

そして、あふれてくる状態と言うのは、英語教育でいうと、英語の本が読める、とか、英語で話す、とか英語で日記を書く、とか、何かしら目に見える形で成果が確認できる状態です。けれど、そうなるためには、少なくともカップに水がたまるのとは比べ物にならないくらいの年月が必要です。



以前ある記事を読んだときのサリーの日記です。↓

*言語を普通に話そうとすると、5000時間聞く必要がある、と書いてあった。一日三時間、週五日だと、6.9年!!!万が一、週二時間だと、52年!!!計算間違いかと思える数字だけど、これほんとにあってるの・・・? 一日二時間、週七日だと...やっぱり、6.9年!!!まだそんなに生きてない・・・。三歳一ヶ月だから・・・。*

なんだか無念さが伝わってきて、今読み返すとおかしいものです。この記事が幼児教育関係の記事であったか、大人になってから言語を習得する場合なのか、詳しいことは覚えていません。(ごめんなさい。)

何の成果もないまま七年近くも取り組まないといけないとなると、よっぽど好きか、よっぽどしぶとい人しかできないかもしれませんが、実際は七年間も我慢しないといけないなんてことはありません。

日記の中の「普通に話す」という表現は、大人が、同年齢の、その言語を母国語とする人と同じくらい話せる、という意味です。そこまで上手になるまでには、過程があるはずですし、その過程の段階で充分成果が目に見えるはずです。

けれど、七年と言うのは大げさにしても2年という数字であればごく現実的な数字です。おなかの中にいる時から、または生まれてすぐ、英語での取り組みを開始する方も増えてきています。自分のしている事が本当に正しい方法なのか、確信のないままひたすら同じ取り組みを続ける場合に、2年、というと結構長いものです。

しかも、自分のしている事が、「結局良い結果をもたらさなかった」とか「いまいち効果はなかった」というだけであればまだしも、良いと信じて頑張ってきた取り組みが実は我が子に悪影響を及ぼしてしまった、なんてことになったら、ちょっと後悔するくらいではすみません。そうなったらもう、成果がどうこう、という以前の問題になってしまいます。

今、英語教育が盛んな一方、その教育方法が極端だ、とか、もっと母国語を大事に育てた方がいいはずだ、という方面の議論が盛んなのも事実です。


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ちなみにサリーが思うには、きちんと毎日取り組んでいれば、取り組む時間が足りないかな、なんて心配することはないと感じます。やりすぎは禁物です。私たちは研究者ではありませんし、子供も実験のモルモットではありませんから。サボらず、あせらず、コツコツと続ければいいだけです。そのうち何かしらの結果がみえてくるはずです。

取り組み方が間違っていたら、なんてことは考えず、良いと信じることをし続け、(続けているという努力は実感できるもの、つまり目に見えているのと同じことです)そのうち成果がみえてくるのを気長に、楽しみに待つ!というのが大切なことではないかと思います。「そのうちでてくるだろう」と水があふれてくるのを何気なく待つのと同じです。


そんな気持ちで英語の取り組みを始めたサリーが、いったいどんな風に毎日取り組んでいるか、詳しく知りたい、と思ってくださった方、どうぞこれからも末永くお付き合いください。



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